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ベルリン♪ー3

歴史的な場所も多いベルリン、見どころはいっぱい。

Berlin10
ベルリンに来た人が必ず見るだろう、いや、見て欲しい教会。
カイザー・ヴィルヘイム教会。
もともとは90年代最初にできた教会だが、戦争でこの姿になった。
これだけは、戦争を忘れないために残されている。
内部は、亀裂が入った壁、真上にイエス、それに入り口の天使(?)がいつもこちらを見ているような視線で、どきっとする。



シャルロッテンブルグ宮殿。
Berlin8
1970年代始めに建てられた。
ただし、戦争で壊れて修復されたので、やけに新しい感じがする。
また、フランスの宮殿たちの後を追って作られたので、真似した感じが否めないが、時代が下る分、ハデに豪華になっている。
中国陶器の部屋はちょっとすごい。
ひとつ、「ラデュレの部屋か?」としか思えないよーな色合いの部屋があった。


Berlin9
庭もひろびろ。
とはいえ、ベルサイユほどではないし、作りもかなり違う。



Berlin11
ブランデンブルク門。
これも有名なので、目に付くだろう。
凱旋門的な雰囲気。
写真の日はゲイパレードがあった日で、そのためのコンサート会場になっていた。



Berlin12
ホロコースト記念碑。
ブランデンブルク門からすぐそば。
一見地味だが、高さのさまざまな石がいろいろな表情を見せる。
中の方に入って行くと、囲まれる。
2005年にできたばかりらしい。


Berlin13
チェックポイント・チャーリー。
もしかして、ドイツが東西に別れていたことを知らない人も、今はいるだろうか?
戦後、2つに分けられたドイツ。
そして、ベルリンも東西に分断されていた。
戦争の後、ただ線よりこっちかあっちかで、分断された家族がたくさんいた。
普通のドイツ人はたとえ自分の親や兄弟姉妹でも、ちょっと反対側に住んでいただけで別々になり、行き来できなくなった。
ここは、片側はUSA、もう一方は当時のソ連(今はロシアやいろいろな国に別れている)が統治していた、境界ポイント。
いろいろな脱出劇のポイントにもなったあたり。
ちなみに、「チャーリー」という人がいたわけではなく、ただの検問所「C」のネーミング。



Berlin132
60年代になって、東側から西側に逃亡する人が増えたため、ソ連側が壁を作った。
それが89年に壊され、今やモニュメントになっている。
それに関するさまざまの悲劇や脱出劇、その他の歴史を詰め込んだ博物館(写真多し)が側にあった。
さくっと見るつもりが、かなりはまった。



Berlin14
残っている壁。
写真の右側が、東ドイツ側。
右側の建物を見ると、西側に逃げたくなった人々の気持ちもわかる。
地下の方にも長いのは、土を掘って逃げる人を防ぐためだったらしい。



Berlin15
フンボルト大学。
戦後は東ドイツ側にあったが、今は統一されてベルリン大学。
森鴎外がかつて留学した大学。

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